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トップ  >  スカイライン命名の地 芳ヶ平
芳ヶ平
群馬県草津町役場
記念プレート
芳ヶ平
グランドツーリング・オブ・ジャパン
グランドツーリング・オブ・ジャパン
それはスカイライン生誕50周年の1年前、2006年のことでした。
ある雑誌の取材で、桜井眞一郎さんが「昭和三十年の三月に志賀高原にスキーに行ったんだ。横手山から草津に下りる途中だったな。途中、「だまし平」というところがあって、その先に芳ヶ平があった。小さな山小屋があってね。そこで飲んだブドウ汁が美味かった。それで、振り返ったときの山並みが、黒に近い青空に銀色の尾根が輝いていて、とてつもなく綺麗だった。山小屋の親父が、あれをスカイラインというんだと教えてくれたんだ」と五十年前の記憶をたどってくださったのです。
それまで、具体的な地名はなぜか明らかになっていませんでした。スカイライン生誕50年を翌年に控えた2006年春、ようやく明らかとなったのです。
私たちは、スカイライン生誕50周年の2007年に、この「芳ヶ平」の地にスカイラインの記念碑を建てたいと考えました。
櫻井さんが「スカイライン」の名前を思いついたのが1955年3月21日。その3月21日に櫻井さんとともに記念碑を。。。
環境省、群馬県、草津町とお願いをして歩き、国有林の中で唯一草津町の管理となる芳ヶ平ヒュッテであればプレートであれば設置可能、との見解を得ることができました。
そのプレートには、芳ヶ平ヒュッテから見た山なみのシルエットと、桜井さん直筆の「スカイライン命名の地 芳ヶ平」の文字、そして櫻井さんのサインをデザインしました。完成したプレートを見たとき、ステンレスの鋼板に施されたエッチング加工は、当時の雪の山なみを彷彿させるものでした。

そして2007年3月21日、櫻井さん直筆の「スカイライン命名の地 芳ヶ平」をあしらった記念プレートを群馬県草津町に寄贈、草津町助役や桜井さんご夫妻とともにヘリコプターでまだ雪深い芳ヶ平ヒュッテへ向かい、ヒュッテの壁に設置をしたのでした。
このプレートには、「歴代スカイラインを支えたすべての人々への思いを込めて」と記しました。
スカイラインを開発した人たち、工場で生産した人たち、販売に携わっていた人たち、そして数多くのオーナーたち、すべての人々の熱い思いがあったからこそ、スカイラインは50周年を迎えることができ、これからも続いていくブランドとなるのだと私たちは思います。

それから1年たとうかという2008年2月に、櫻井さんの奥様はご逝去されました。
謹んでお悔やみ申し上げます。
スカイライン生誕50年を記念する年にこのようなことをGTROCが発起人となってできたことと、それから1年後では奥様にその風景を見せることはかなわなかったということが、この記念プレートをこの時にみんなで設置しに行ったことは偶然ではなくて必然だったのだと思っています。

日本の自動車産業の歴史を常にけん引してきた「スカイライン」というブランドとクルマがこれからもずっと皆さんに愛されるものであるよう願っています。


2008年6月 GTROC有志一同
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